健康経営から生まれる健康経営資本の考え方について (Social Capital & Good Life) 後編
後編では、「健康経営投資を通じた人的資本づくりの考え方」や「人財マネジメントの時代での健康経営の考え方と評価の在り方」についてお話ししたいと思います。
Ⅰ 健康経営投資を通じた人的資本づくりの考え方
(1)日本における人財の捉え方と評価の視点について
日本における人財の捉え方は二つの視点が必要かと考えます。一つは人が個々に持つ能力を引き出す人財と、いま一つは、チームが生み出す人財という複数の個性がバランスよく配置されることから生み出される人財です。特に後者のチームという考え方は、人と人とが関係することによって、それぞれの潜在的な能力が引き出されることが期待できます。
日本は中小企業の国と言われていますが、その実態は従業員10人以下の小規模事業者が、事業所全体の85%を占めていますから、日本において、中小企業は一つのチームのような関係の中で仕事をしているのかと思います。
チームが機能する要因を考えてみると、歴史的には、日本の村社会や長屋といった居住形態が大きく影響しています。
日本のコミュニティ形成は、「共助」と「自助」が共存していて、バランスのとれたチームのようになっています。このスタイルは欧米の個人を引き立てるスタイルとは異なり、チームとして一つの個性をつくりだしています。このような背景の中で人財の評価を考えた場合、
①チームが生み出すアクティビティ
②チーム間の相関から生み出される信頼性
の二点が企業の評価に大きな関わりを持っていると考えられます。
これからの健康経営評価についても、チームを1つの人財として捉えて評価することが必要かと思われます。

(2)日本型チームの人財の形成について
日本固有の長屋というのは、言うなれば共同の場で、暮らしの中にプライベートとオフシャルが共存する形態です。
長屋の基本的な構成としては、共同炊事場、共同の井戸、共同の便所など共同する場とそれぞれの居室となる部屋で構成されているのが基本的な長屋の姿です。
この長屋の構造は、チームがそれぞれの人の役割とあり方の中で構成されていることと似ており、コミュニティ内コミュニケーションが長屋の構造が生み出しているスタイルと考えられます。コミュニティの中には、優越という考え方ではなく、人それぞれに役割があり、その役割が人の個性の中から生まれおり人と人との関係バランスが形成されています。
つまり、人の個性というのは、優越という縦の関係ではなく、個性という横の関係がコミュニティ形成の重要な視点と考えてもよいかと思います。
チームにおいても、この横の関係が機能するとチームそれぞれにも個性が生まれ、個人の個性とチームの個性によってチームビルドが成されるものと考えられます。
これまで、人の評価というのは、目標達成を効率化の中で測ることが一般的で、目的を共有する中での、それぞれの役割評価といった考え方はほとんどしてきていません。マーケティング戦略視点で考えても、市場への供給が戦略テーマとなっていたこれまでの時代では、市場における自社占拠率達成の為の行動を効率的に行う人を優劣の中で優秀な人材と捉えてきました。しかし、新規需要創出型の社会に変わってきている現在では、量的な目標達成の中で優劣をつけることから、企業が目標に向かっていく為の、それぞれの役割と行動を人それぞれの個性の組み合わせの中でバランスよく配置することがチームという小集団の機能を最大化するものと考えられます。
日本の長屋は、暮らしの場において、「共同」や「協働」が生まれている小集団であり、チームビルドでいうコミュニティの形態と通じるものがあります。
これからの時代は人それぞれが持つ個性を引き出す仕組みと人との関係性がチームビルドの基盤になると考えています。
Ⅱ 人財マネジメントの時代での健康経営の考え方と評価の在り方
(1)管理マネジメント中心から人財マネジメント中心へ
いま、企業の量的成長を目的とした管理マネジメントから人材から人財への転換を目的とした新たな人財マネジメントの時代への変革が起きています。
これまでの管理マネジメントは、供給型生産活動の中で企業間競争によって経済を成長させてきましたが、これからは、社会の豊かさをつくることを目的とした共創の時代になってきており、マネジメントの考え方も人を中心とした人財マネジメントへ移り変わりつつあります。この背景にあるのが、これまでの経済成長を支えていた主要先進国の人口が、減少傾向に転じたことが最も大きな要因だと考えられます。

これまで経済成長を支えていたのが、「生産・消費・廃棄」という工業化社会の中での供給型サイクルでしたが、これからの時代は、「循環・再生・持続」といった社会の豊かさをつくるための共創型サイクルに変わりつつあります。その中で、人の役割は、企業を支えるリソース(人材)から社会の豊かさをつくり出すキャピタル(人財)に転換しつつあります。
このことを、マネジメント視点で言うならば、企業を主体とした管理マネジメントから人の役割を中心に据えた人財マネジメントへの転換の時代になってきていると考えられます。
人財マネジメントの時代での健康経営のあり方を考えると、人の位置づけも大きく変わってきます。これまでの健康経営は、人は企業の成長や生産性を支える、言うならばパーツとして役割でしたが、これからの時代は、人が資本となって社会の豊かさをつくると同時に企業の便益を生み出す時代になると考えています。
共創社会での経済活動においては、企業戦略の中でソーシャル・キャピタルを生み出すことが、新たな市場を創出することにつながり、ひいては企業の成長へとつながると考えています。
その中で、資本としての人の役割は注目されるものとなります。
(2)企業と社会の関係性を意識した健康経営評価の在り方
このような社会背景の中での健康経営は、企業単体でのマネジメント評価に加え、企業と社会との関係性を健康経営評価に変えることが求められるものと考えています。企業戦略の中での次の時代の健康経営の評価は、株主が企業を支えることを基点と考えるIR(Investor Relations)から、社会や企業間の関係性や信頼を基点としたTR(Trust Relations)といったことに企業戦略の在り方が大きく変わるものと考えています。現状ではTRといった企業評価は一般的な概念ではありませんが、豊かな社会づくりを支える企業評価の中では、今後、必要になる評価だと思われます。
健康経営活動が生み出す健康経営資本というのは、まさに企業と社会との関係性から創り出されるもので、株主資本主義の中で評価の対象となっている企業の生産活動から生み出される収益だけではなく、企業の共創活動において人財が生み出す健康経営資本についても企業評価の重要な視点になると考えられます。

2006年に健康経営という企業戦略を考えた時点では、健康の捉え方を、人の健康と企業の健康の二つで考えていましたが、健康経営3.0では、もう一つ社会との関係性ということを加え、三つの健康にすることが必要かと考えています。
その理由は、企業マネジメントの中で健康経営を考える時代から、人財マネジメントの時代に移り変わる中で、企業と社会の両面で便益を創出することが求められるからです。
企業の社会とのかかわりから創出される社会便益には、企業活動が社会活動と同調することが求められると考えています。
CSV活動などは、まさに企業便益=社会便益づくり活動かと思います。
企業自体の生産効率を上げるためのマネジメントは工業化社会の中では重要でしたが、循環型社会に転換したいま、社会便益をつくるための企業活動が求められています。
つまり、社会便益をつくる活動は企業の成長にも結びつくことになると考えています。
(3)健康経営戦略イメージの共有とその意義
次の時代の健康経営とその評価の在り方については、健康経営の戦略イメージを社内と社外で共有することがポイントになると考えています。
これまで多くの会社は、自社の存在を顧客や社会に認知してもらうために情報発信を積極的に行ってきました。
しかし、パーソナル端末の普及によるSNSなどのコミュニケーション・ツールが一般的に使用される中で、情報発信という手法が効果を失ってきており、ともすれば逆効果になる場合も出てきています。
SNSは、参加者が自分の好みで情報を選択することができるようなシステムであり、SNS内で形成されたコミュニティ内でコミュニケーションをするものです。
このことは、会社が発信する情報も受け取る側の意思で決められるということになり、人それぞれの思考性によって、自身の興味の範囲は決まるので、その興味の範囲から漏れた情報は受け取らないことも自由に選択できます。
つまり、SNSなどで高評価が得られれば、社会の中での自社の評価にもつながります。
そこで、サポーターやインフルエンサーといった、外部から自社を応援してくれる「準社員」あるいは「応援社員」のようなチームづくりが今後は必要になると考えています。
つまり、これからの時代のチームビルドを戦略的に捉えると、社内と社外の両面で組み立てることが必要になると考えています。

その方法の一例をあげると、社外の人たちにも参加してもらう〇〇クラブのような活動や社会貢献的なドネーション(社会活動への寄付)など、自社活動を外部に解放するやり方などは効果的かと思と考えています。
実例としては、スターバックスの化学有機物を廃棄しない活動や、パタゴニアの社会環境を意識した活動などは、企業価値を高めており、社会的な評価が企業の成長につながっています。
後編のまとめとしては、次の時代の健康経営においては、社内での活動を社外と共有することや、自社の健康経営サポーターやステークホルダーを得ることにより、社員のモチベーションの向上にもつながる戦略が必要になると考えています。
以上

